訓練は何のため?

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
ある患者さんの話をしたいと思います。この方は数年前に脳卒中を患い、右半身に麻痺が残りました。この方は90歳を超えていましたが、磁気刺激治療による手のリハビリ訓練を強くご希望され、2年前にご入院されました。遠方にお住まいでしたので、入院中はご家族が病院近くに宿を借り、毎日付き添いをされていました。2週間の入院中、毎日2時間の個別訓練と2時間の自主トレをこなされ、ご家族も空き時間にご本人の腕をマッサージしたり、一緒に「塗り絵」の課題を行ったり、ご本人・ご家族ともに頑張られました。結果、手の動きが良くなって家に帰られました。その後、「なかなか手の訓練に時間をかけることができず、以前のように強ばってきましたが、前向きに頑張っています」、とお手紙を頂きました。
ご高齢でしたが、厳しい内容のリハビリにチャレンジされ、毎日の訓練から新しいことを学び、日常生活で創意工夫をしながら実践し、それを家族がしっかり支えておられました。気持ちはとても「若い」方でした。聞けば、病気になるまで現役で仕事をされ、趣味で海外旅行を楽しんでおられたそうです

先日、ご家族から久しぶりにお手紙を頂きました。
「先生お元気ですか?油断すると肺炎にかかりヒヤッとする事もありますが、相変わらず頭はしっかりし、気力は充実しております。さて、この度『塗り絵』による個展を開催しました。『元気をもらった』とか、『すごく癒される色彩』など言ってもらい、何とマスコミにも取り上げられました。お陰様で大好評、連日満員御礼でした。プロの画家の方からも『かなりの資質』と褒められ、本人は天にも昇るような一週間を過ごしました。本人も自分の実力に自信が持て、ますます塗り絵に打ち込む覚悟ができたようです。せっかく入院中に動くようになった右手は元に戻ってしまいましたが、左手で『生き生き』とした日々を過ごしております。リハビリで良くなった右手の機能を維持することができず申し訳ない気持ちでいっぱいですが、高齢者、障がい者であっても幸せな日々が送れていることに感謝したいと思っています。」

掲載された新聞の切り抜きが2枚と、個展の写真が同封されていました。塗り絵は元々利き手でない左手を訓練するために始められたそうですが、凝り性だったこの患者さんは、作品を仕上げるための参考用の図鑑や写真集を買うほどのめり込まれたそうです。「これからも挑戦を続け、絵画や書道など幅を広げたい」という本人のコメントが新聞に載っていました。

私はこの方と出会った後、手の訓練で入院された患者さん達に、「90歳を超えて挑戦したすごい人がいる、毎日リハビリに励み頑張って良くなられた。年齢は関係ありません。気持ちの年齢の方が大事です」ということをよく話すようになりました。それを聞くと「私はもう歳だから…」と言っていた患者さんの表情が変わります。訓練で良くなった右手の機能が、退院後に元に戻ったことは確かに残念なことですが、懸命に訓練を行い、自主トレで塗り絵を頑張っておられた姿は、入院中とても「生き生き」しておられました。
リハビリというのは、結局は自分が自分のために行うものですが、それは大変な努力を伴うものです。今回頂いたお便りを読み返し、感動と嬉しさを覚えると同時に、「リハビリは何のために行うのか」ということを改めて考えさせられました。また我々が関わっているのは、その一部の期間に過ぎません。機能や能力の向上というのは、リハビリを行う過程で一時期の目的ではありますが、最終目的ではありません。その過程で、生きがい、やりがいを再発見し、その人の「生活」が豊かになるために行うものではないでしょうか。
新聞の記事はこう締めくくられていました。「年を取ると体力も気力も希望も失うばかりと思いがちだが、彼の作品を見ると年をとっても障がいを負っても、増えていくものがあるのだと勇気がわく。『次は絵画へ』と夢は広がっている」。