感性を大切に
ごあいさつ
病院長
先日、TBSドキュメンタリー番組「情熱大陸」で2夜連続イチロー選手の特集が放送されました。その中でイチロー選手は、セイバーメトリクス(チーム戦術や選手の評価を統計学的に分析する手法)やスタットキャスト(選手の動きやボールの位置・方向・速度などのデータ解析技術)に過度に依存するデータ全盛の現代野球について、「データに縛られることで感性が失われていく」と警鐘を鳴らしていました。「常に見えるところにデータがあり、自分の頭を全然使っていない。例えば選手のメンタルは野球の勝負に大きく影響するがデータには反映されない。目に見えない大事なことがたくさんあるのに、データにばかり頼り、自分の感覚や感性を大事にしていない。」と嘆いていました。高校生への指導にも、その思いが色濃く出ているように感じました。
近年プロスポーツでは、プレーや戦術のデータ化だけでなく、リプレー映像を用いた判定が盛んです。視聴者もリアルタイムでその過程を目にすることが可能になりました。以前の審判の感覚や感性などの裁量に基づいた判定では、多くの疑惑の判定や“◯◯びいき”というような誤審騒動も起こり、中にはマラドーナの“神の手”のように、長年ファンの間で語り継がれている名シーンも生まれました。
一方ビデオ判定では、靴の先が出ていたからとオフサイドを取られたり、わずかに接触した映像が確認されてPKになったりして、試合の流れや雰囲気などのドラマ性が損なわれて興ざめすることもしばしばあります。データ化や映像技術による恩恵は大きいのですが、同時に失われるものがあることを自覚しておかなければならないでしょう。
結局のところ、データでも判定でも、それを自分で「どう捉えて、どう活かすか」ということが大事なのではないでしょうか。自分の感性と考え方次第で結果は大きく変わります。今月惜しまれながらユニフォームを脱いだサンフレッチェ広島の青山敏弘選手もその一人です。
彼の原点とも言えるエピソードは、2002年11月20日、サッカー高校選手権岡山大会決勝で起こりました。同点で迎えた延長前半に、ペナルティボックスの外にこぼれてきたボールを、当時2年生だった青山選手がダイレクトで叩きました。パワーに溢れた右足から放たれたボールは、すさまじいスピードで相手GKの指を弾いてゴールネット奥の支柱に当たり、そのままゴールから跳ね返って飛び出してきました。当時はVゴール方式だったため、このスーパーゴールで全国大会行きが決定したはずでしたが、あまりの跳ね返り様にゴールポストに当たったと思った主審は、そのまま試合を続行しました。結局PK戦の末、青山選手の高校は敗退し、この「幻のゴール」を巡る誤審は波紋を呼び、当時の日本サッカー協会の川淵三郎会長が謝罪する事態にまで発展しました。サンフレッチェの足立修スカウトは、この“事件”を次のように述べています。
高校時代の挫折を通じて「自分の力ではまだ全国に通用しない」と痛感した青山選手は、地道な努力を積み重ねる姿勢を身につけ、プロを目指す原動力としました。2008年の北京五輪代表からの落選は、新幹線を途中下車し、しばらくホームで立ち尽くすほどのショックを受けましたが、その経験を成長の糧とし、2012年・13年・15年のJリーグ3度のシーズン優勝へとつなげました。さらに彼が「最後のワールドカップ」と捉えていた2018年のロシア大会では、メンバーに選ばれながらも直前の負傷で出場を逃しました。それでも彼は挫折から這い上がり、サンフレッチェのキャプテンとして再びチームを牽引しました。最近では、自身が試合に出られなくなった後も、ベンチから声を出し続けてチームを鼓舞し、ピッチ外から若手選手の成長をサポートする役割を積極的に担いました。彼は何度も挫折を味わいながらも、自分の感性を信じてそれを常に力に変え、前進し続けてきました。
もしあの時代にビデオ判定が導入されていたり、やるべきことがデータに頼った形で提示されていたなら、失敗や挫折しないような方法しか提示されず、青山選手の逆境をバネにしたここまでの活躍は無かったかもしれません。
現代はインターネットでたくさんの情報を得られるだけでなく、AIに質問すると何かしら答えてくれます。しかし情報や技術はあくまで“使う”ための道具です。それをどう取捨選択し、どのように判断するかは、やはり我々自身が感じ、自らの頭で考えていきたいと思います。
今年1年大変お世話になりました。職員一同、感性を磨き、自ら考え、来年もしっかり取り組んでまいります。頑張りますのでどうぞよろしくお願いします!