ともに歩み、あすを拓く

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 2024年のノーベル賞は、人工知能(AI)の分野で米グーグルの関係者3名が受賞し、大きな話題を呼びました。特に、タンパク質の折りたたみ構造を予測可能にしたAI「AlphaFold」の開発が化学賞を受賞し、AIの科学技術への貢献が高く評価されました。化学賞を受賞したデミス・ハサビス氏は、2010年にAI研究企業ディープマインド(DeepMind)社(現グーグルディープマインド社)を設立し、生命科学以外にも囲碁の世界チャンピオンを破ったAI「AlphaGo」の開発など、革新的な成果を挙げてきました。彼は黄金時代の「ベル研究所」に似た研究環境を目指してきたそうです。

 

 ベル研究所は、電話機を発明したアレクサンダー・グラハム・ベルが設立した米AT&Tが20世紀初頭に立ち上げたもので、数学者、科学者、材料科学者、冶金(やきん)学者、エンジニアなどの多彩な研究者が分野の壁を超えて交流し、トランジスタやレーダー、太陽電池、通信衛星など、私たちの生活に欠かせない革新的技術を数多く世に送り出しました。グーグルディープマインド社も、機械学習・AIシステムの研究者、神経学者、工学、物理学、生物学の専門家に加え、AIの社会的影響や倫理的課題を検討する倫理学者・哲学者まで多彩な顔ぶれが揃い、これを「学際的なアプローチ(interdisciplinary approach)」と表現しています。ハサビス氏は、「AI研究の進展には異なる分野の知見を統合することが不可欠である」と述べ、今後は新素材の開発、効率の良い電池設計のほか、数学の未解決問題にも挑戦したいと語っています。この先もたくさんの成果が期待されます。

 

 少し前のことですが、大学病院の先生に当院で講義をしてもらいました。主には脳卒中治療の講義でしたが、最後に次のような興味深い話をしてくれました。

 救急治療後の脳卒中患者さんの合併症として肺炎があります。発症率は20%とされますが、特に嚥下障害(飲み込みの障害)を起こすとそのリスクが3倍になるそうです。肺炎は命に関わり、回復の程度にも大きく影響するため、この大学では全ての職種が参加する「多職種参加型嚥下チーム」を発足しました。チームの力を最も有効に活用するための方法として、各職種が持つ情報や知識を共有し、症例ごとに最適な介入を全員で議論するようにしたそうです。その結果、肺炎の発症率が6割も減少し、この取り組みは後に厚生労働省に評価され、診療報酬に取り入れられました(2020年度摂食嚥下支援加算)。

 このような多職種チームの介入は、栄養サポートチームなどの取り組みなど、近年診療報酬で多く取り入れられています。医療の世界でもこれを「学際的チーム(interdisciplinary team)」と呼び、患者のケアを向上させるために異なる専門分野の医療従事者が協力して、複雑な問題に対して包括的かつ効果的なケアを提供することを意味しています。しかし、ただ複数の専門職が関わって情報を共有するだけで劇的な効果が出るとは思えません。私は何がこの結果につながった秘訣だと考えているのか質問してみました。

「大学病院のような急性期では、患者さんの入院期間は短く回転が早いため、当時は全職種が集まって情報や知識を共有し、治療方法を議論するだけでも画期的なことでした。しかしそれだけでは、これほどの結果は得られなかったと思います。カンファレンスでは、各職種によるケアや介助技術、姿勢の調整、適切な食器、飲み込みやすい食事形態や薬剤、栄養など、実践的に試行錯誤した情報が飛び交います。それぞれのメンバーが他の専門職から学び、『普段の自分の業務に活かせるようになった』ことが、良い結果につながった理由だと考えています。」と教えてくれました。

 

 リハビリでは、多くの専門職がチームで関わります。カンファレンスや普段の情報交換の中で、形式的な情報共有にとどまらず、他の専門職から学び、自分のスキルを高める視点を持つことで、他の専門職と一緒に働くだけでレベルアップが可能です。これはリハビリ病院で働く魅力の1つと言えます。

 また私たちは患者さんやご家族を支援しながら一緒に歩んでいくことで、患者さんの生活からも多くのことを学ぶことができます。来年6月には当法人が主催し、医療・介護・福祉従事者だけでなく、脳損傷の当事者、ご家族・支援者なども参加し発表する学会を開催する予定です。この学会は、哲学者や社会学者なども役員を務めています。大会テーマは当法人の理念とも合わせて、「ともに歩み、あすを拓く」としました。様々な分野の知恵を結集して学際的(interdisciplinary)に、より良い地域生活の未来について議論したいと考えています。

 ご興味がある方は、ぜひご参加ください!