“他人ごと(ひとごと)”で終わらせない
ごあいさつ
西広島リハビリテーション病院
病院長
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
もう10年以上も前になりますが、以前働いていた病院で、主に認知機能が障害された患者さんを中心に担当していました。病気や事故で入院している患者さんの中で、自分がどこにいて何のために入院しているのか良く分からなくなり、無断で病棟や病院から出て行ってしまう事があります。医療の業界用語では、それを「離院(りいん)・離棟(りとう)」と呼びます。
その病院で働きだして初めて経験した事ですが、「先生、○○さんが病棟に見当たりません」という連絡がよくありました。非常に神経質に対策を講じるため、その理由をスタッフに聞いてみたところ、「以前、病棟からいなくなった患者さんが探しても見つからず、結局病院付近の用水路で亡くなっていた」という事件があったそうです。当時の私にとっては想像し難いことでした。
離院・離棟対策にも慣れた頃、ある患者さんが入院されました。手足の動きや会話に問題はなかったのですが、すぐ以前のことも覚えておらず、ましてや病院にいる事さえ分からない状態でした。家に帰りたがり頻繁に離棟しようとするため、家族やスタッフが付きっきりで対応していました。それも限界に近づいていたため、ご家族と相談し、しばらく外泊をしてもらうことにしました。自宅で落ち着いていたら退院として、その後は外来でリハビリを行う予定でした。家から出て行く可能性も考え、「玄関の鍵はかけ、開けたらわかるように鈴をつける」「車の鍵は隠しておく」などの対策を相談しました。
外泊後、電話で様子を確認したところ、「自宅で何とか落ち着いているので明日退院の手続きに行きます」、ということになりました。しかしその夜、患者さんは行方不明になってしまいました。警察の捜査で後から分かったことですが、その患者さんはご家族が寝ている間に自転車の鍵を探し出し、それに乗って出て行ったようでした。自宅から遠くで乗り捨てられた自転車が発見され、1年後亡き骸が山中で発見されました。その後、ご挨拶に来られた家族とお話をしました。主治医として非常に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、悲しみの中に介護から開放されて少しホッとしたように見えたご家族の表情は、一生忘れないでしょう。
リハビリ入院中に命に関わる事態として、「病気が悪化する」、「転倒して頭を打つ」、「食べ物が喉に詰まる」、などは容易に想像が出来ることです。その頃の私は、「離院・離棟」もリスクとして想像できるようになっていました。しかし、「外泊中に家から出て行って亡くなることがある」、とは想像すらしていませんでした。
医療事故は、患者さんに直接害があるだけでなく、それに関わったスタッフのダメージも相当なものです。場合によっては、免許を剥奪されることもあるでしょう。
私が学生の頃は、医療現場のリスクに関する講義はありませんでした。おそらく今でも似たような状況でしょう。このようなリスクを伝えようと思ってもすぐには伝わりませんが、エピソードを交えて話をすると、記憶に残りやすくなります。リスク管理の感性を高めるためには、まず院内の様々なルールや整備されているマニュアルが、「なぜそういう決まりになっているのか?それに従わなければ、どういう状態になる可能性があるのか?」を語り伝えることが大切です。
そして、毎日のように耳にする医療事故の話を他人ごとで終わらせず、聞いた職員が「自分のこと」として受け止めることが大事です。自分達にも起こると思って行動・対応し、疑似体験した経験値を得ることにより、リスク想定の幅が広がっていくことでしょう。