3年先の稽古
ごあいさつ
病院長
私は大学時代にやっていたアメリカンフットボールの冬のオフシーズンに、相撲部の友人に頼まれて練習に参加したことがあります。初めて相撲をとった時、私より身体が小さい同級生にまわしをとられてバランスを崩され、あっという間に転がされました。最初は筋力トレーニング目的での参加でしたが、いつの間にか観るだけでは知り得なかった相撲の奥深さに魅了され、その後も何度も練習に参加しました。しかし相撲の練習で一番大切なのは、「四股、てっぽう、すり足」という基礎練習だと教わりました。
今月開催された大相撲秋場所で、関脇大の里が2度目の優勝を果たしました。直近3場所の合計が34勝となり、先日の臨時理事会において全会一致で大関昇進が決まりました。
角界には、「目先の勝敗よりも将来活躍する力を養うことが大切である」という意味の「3年先の稽古」という格言があります。師匠の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)は、それを大の里の育成の基本方針に掲げました。まだ昨年夏場所に幕下でデビューしたばかりで、3年の半分のわずか1年半しか経っていません。我々はトントン拍子で横綱になることを期待してしまいますが、親方からは「まだ基本ができていない。さらに腰を割ることができればもっと勝てる」と指摘されており、今後も四股など基礎練習を中心に、変わらず土台づくりをしていく方針のようです。
先日患者さんから「ここまで良くなったのは、入院中からしっかり鍛えてもらったおかげです」と感謝されました。その患者さんは重い手足の麻痺に加えて関節が硬く、自宅には帰ることができましたが、車椅子からのスタートになりました。退院後の自宅生活や通所・訪問のリハビリでは、1日でも早く歩行中心の訓練に移行したいところでしたが、入院中にずっと練習してきた立ち上がり訓練や、車椅子やトイレに移る時に身体の向きを回す動作、また硬くなりやすい筋肉を伸ばすためのストレッチなど、これらの基礎訓練を焦らずじっくり継続していくことにしました。
3年経った現在は、自宅での歩行は自立し、家の周りの土手道や田舎に帰ったときの坂道も家族と一緒に歩けるまでになりました。麻痺側の手足の不自由さは残っていますが、現時点で使える身体の能力を最大限使って生活されています。これだけでも驚くような改善ですが、私が最も素晴らしいと思うのは、この方が今でも足腰を鍛える目的で立ち上がり訓練を毎日繰り返していることです。入院中から続けてきた「3年先の稽古」が花開いただけでなく、これから3年後を目指して日々基礎訓練を続けておられます。今日いい稽古をしたからって明日強くなるわけじゃない。でも、その稽古は2年先、3年先に必ず報われる。自分を信じてやるしかない。大切なのは信念だよ。
当法人の若いスタッフから「1日も早く皆さんのお役に立てるように・・・」という言葉をよく聞きます。その一生懸命な姿勢や、早く一人前になりたいという気持ちは嬉しいものです。しかし、我々の成長もまた、一朝一夕では得られません。信念を持ち、焦らずじっくりと基礎を積み上げていけば、やがて大きく成長が得られることでしょう。その時に初めて、3年後を見据えた「基本の稽古」の大切さを、患者さんに語って聞かせることができるのではないでしょうか。