共に前へ・・・

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 今月のプロ野球オールスターゲームで、広島カープの元投手、黒田博樹さんの野球殿堂入りの表彰式がありました。黒田選手の日米での実績から考えると、殿堂入りは当然ですが、ファンにとって、黒田選手は特別な存在です。

 黒田選手はまだ現役バリバリのメジャーリーガーだった時に、多くの球団から高額オファーがあったにもかかわらず、古巣の広島カープに戻り、25年ぶりの優勝を成し遂げました。優勝決定戦で先発し、優勝が決まった後に現監督の新井さんと抱き合ったシーンはカープ史上の名場面です。しかし我々ファンにはもう1つのエピソードも記憶に残っています。

 

 2006年のシーズン最終戦。FA権を所得し、メジャー移籍か、カープ残留かで揺れ動いていた黒田さんに対して、消化試合にも関わらず満員のファンが球場に集まり、横断幕を掲げました。

「我々は共に闘ってきた 今までもこれからも・・・ 未来へ輝くその日まで 君が涙を流すなら 君の涙になってやる カープのエース 黒田博樹」

全国広島東洋カープ私設応援団連盟

 当時のカープは“冬の時代”で、いつも5位か6位でした。エースに残って欲しいという気持ちをグッとこらえて、ファンは「共にある」という気持ちを伝えました。

 1年後、黒田さんはメジャーに移籍し、素晴らしい実績を残しましたが、カープに戻る決断をしたのは、この横断幕のメッセージがずっと心に残っていたからだそうです(The Players Tribune, 2021年9月14日)。

 

先日、ある小規模の学会に参加してきました。そこは通常の学会とは全く違い、専門職だけでなく、患者さんやご家族、学者や障害スポーツの専門家やそこに関わる人達が同じテーブルに着いて議論するような会でした。

患者さん自らも発表を行い、ご自分の体験や現在の暮らし、活動や役割について一生懸命にプレゼンテーションしてくれました。歩いて前に出たり、原稿を読んだりすることに少し時間がかかりますが、堂々とした発表振りです。通常の学会では、専門職の発表を少し批判的に聞きながら質疑応答が行われますが、患者さんは自らの経験を基に発表されるため「全てがその通り」であり「正解」といえます。聞いているこちらも素直な気持ちで受け止めることができ、1つ1つの言葉が自分の胸に刺さり、気持ちが揺さぶられました。

懇親会では、失語症でコミュニケーションが苦手な人も一緒に飲んで喋り、立場の垣根なく皆が楽しんでいたのには驚きました。

 

 長年この学会の運営をされている先生からは、同じ目線で話をするだけでなく、同じテーブルに着き、対等な関係を作ることが大切だと教わりました。つまり、患者さんを「支援の受け手」、我々をその「支え手」と固定せず、時には患者さんに「支え手」を担ってもらうこと、また双方向の関係で「共に学び合うこと」です。

 

 もし黒田さんとカープファンの関係性が、選手が与える側、ファンが応援する側という一方向のものだったら、カープに戻ってくることや、その後の優勝も無かったかもしれません。横断幕のメッセージが、単にチームに残留して下さい、というものではなく、「共に前を向いて進んでいこう」というメッセージだったからこそ、黒田さんの心に残っていたのではないでしょうか。

我々も、単に医療や介護を提供するだけでなく、お互いに尊敬の念を持ち、「共に前を向いて人生を歩んでいこう」という関係性を築いていきたいものです。