人生に無駄はない
ごあいさつ
病院長
私の地元広島には、自動車のマツダ、路面電車の広島電鉄、ポテトチップスのカルビー、殺虫剤のフマキラー、競技用ボールのモルテン、家電のエディオンなど、地域を代表する多くの企業があります。戦前から戦後間もない頃に広島で創業され、いずれも伝統のある会社です。
一方、比較的新しい会社としては、100円ショップで有名な「ダイソー」の名前を挙げる人が多いのではないでしょうか。今や日本を代表する100円ショップとなり、海外の多くの国にも進出し、最近では大谷選手の所属するドジャースタジアムの看板やインタビューのバックボードにも、「DAISO」のピンクのロゴを見ることができます。
私が小さい頃にも、百貨店やスーパーの催事販売で期間限定の「100円均一セール」のようなものがあったように記憶していますが、今の100円ショップとは全く違います。最近は大型ショッピングモールには必ずと言って良いほどお店が入っており、いつも多くのお客さんで賑わっています。一日中そこに居ても飽きないくらい、豊富な品揃えです。また生活の中で「こういう品があったら良いな」と思って探しに行くと、ほとんど目的の品を見つけることができます。いわゆる「痒いところに手が届く」商品がたくさん並んでおり、店舗の中をグルっと一周すると、あれもこれも、と手に取るうちに買い物かごが一杯になってしまいます。
100円ショップはすっかり私達の日常に根づきましたが、最大の功労者であるダイソー創業者の矢野博丈さんが今年の2月に残念ながらお亡くなりになりました。ダイソー創業時の苦労を知る人は少ないでしょうが、当初は「安物買いの銭失い」などと幾度となくたたかれ、事業失敗や倒産、借金、夜逃げ、度重なる転職、火災に遭うなど、苦難の連続だったそうです。先日ある雑誌に矢野さんを偲ぶ記事が掲載されていて、その中の矢野さんの言葉に思わず読み入ってしまいました。
ある結婚式で、お坊さんの祝辞が印象に残った。「艱難辛苦(かんなんしんく)。生きているといろいろなことが起きるが無駄は一つもない。これを乗り越えるのが人生。失敗に負けないように」とエールを送られていた。自分の人生を振り返ると、もはや運命の女神に憎まれているとさえ思っていた。確かに見方を変えると、またかまたかと思いながら苦労を重ねたことは運が良かったのかもしれない。それからはそう考えることにした。「ありがとうございます」「感謝」「ついている」。この言葉を何度も繰り返した・・・。
最近は「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「コスパ(コストパフォーマンス)」などの効率性を重視する人が増えました。いろいろなことが「効率が悪い」「無駄」と切り捨てられてしまいがちです。しかし長い人生の中で、何が役立ち、何が無駄なのか。その時点で正確に判断できるとは思えません。矢野さんは「人生無駄なものは1つもない」という言葉を聞いたときは、「何を馬鹿言うんだ。俺の人生無駄しかないじゃないか」と腹を立てたそうです。しかし帰りの電車の中でふと考えてみると、「自分は人一倍艱難辛苦を与えられ、人生は無駄なものしかないと思っていたけれど、これは苦しみや悲しみを乗り越えるための修行だったのかもしれない」と思ったら心のモヤモヤが晴れてきました。その言葉を聞いた日から、どんなに辛いことがあっても、「ありがとう、ありがとう、感謝します」と毎日何度も何度も口にするようにしたら、不思議と良いことが起きるようになったそうです。
自分の経験を振り返ってみても、今役立っているのはその時は一見無駄や回り道に思えたことばかりのような気さえします。目の前の苦労や困難を「無駄」と切り捨てるのか、「頑張ってやってみよう、乗り越えよう」と思うのか。矢野さんの人生は、「今できることを一生懸命にやる」ことの大事さを教えてくれているように感じます。