学び続ける亀

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 今月11日に第71期将棋王座戦の第4局が行われ、20時59分、138手で藤井聡太七冠が勝利を収め、見事史上初の八冠に輝きました。日本中の注目を集める中、藤井さんは将棋界に存在する八大タイトルを全て制覇し、勝利の瞬間にはニュース速報のテロップが流れました。この瞬間盤を挟んで向かいあっていたのは、「名誉王座」の永世称号を目指して戦っていた永瀬拓矢王座でした。

 

 小学3年生の誕生日に祖父から将棋盤と駒をもらった永瀬さんは、すぐに将棋に夢中になり、近所の道場に通い詰めました。しかし幼少期の永瀬さんは、将棋だけでなく、ラーメン店を経営する父親からも大きな影響を受けたそうです。父はとても勉強家で、お店をOPENした後も人気ラーメン店に修行に出掛け、お店で出すキムチの勉強のために本場の韓国まで行くような人でした。永瀬さんはインタビューで、「父は、時代の変化に対応するにはプライドを捨て、自分が変わらなければならないと考えたのではないでしょうか。いつまでも謙虚な気持ちを忘れず、年を重ねた後も自分から一歩踏み出し、他の人に教えを請う父の姿は、間違いなく私の人生の糧になっています。」と答え、また「努力すれば必ず強くなる。将棋の才能なんて自分にはいらない」とも公言しています。

 

 永瀬さんは、2017年にABEMAで放送された「藤井聡太四段 炎の七番勝負」という企画で始めて藤井さんと出会いました。デビューしたてで当時14歳だった藤井さんは、羽生善治さんらトップ棋士に6勝1敗と破格の好成績を収めましたが、唯一土をつけたのが永瀬さんでした。永瀬さんは勝ったにも関わらず、14歳の少年に衝撃を受け、10歳も年下の中学生に「将棋を教えて欲しい」と練習将棋を申し込みます。以来二人は、時間が空くと練習対局を重ねて切磋琢磨し、永瀬さんも叡王・王座と2つのタイトルを獲得する実力者となりました。今年の王座戦は、ずっと練習将棋を続けてきた2人が激突し、藤井さんが最後の一冠を懸けて、永瀬さんが保持する王座に挑戦するという運命的な戦いでした。

 

 将棋に革命を起こした将棋AI「Ponanza」の開発者である山本氏は、王座戦第3局を観戦し、永瀬大座について、次のような感想を綴っています。

将棋界の上位は、少年時代から名を馳せた人達で構成され、大器晩成型の棋士はほとんど存在しない。才こそ全ての世界で「才能がない」と自覚しながら走るのは尋常なことではない。

最近のうさぎは怠けない。うさぎも当然、全力で走っているのだ。そのうさぎとのレースで亀が走り続けるのは、切ないほどに難しい。それでもなお、永瀬王座は「愚」をモットーとして1日10時間の研究を欠かさない。

日本経済新聞2023年10月4日 山本一成 「才能と努力の交差点」

 確かに14歳のデビューからわずか数年で八冠を獲得した藤井さんを走り続けて怠けない「うさぎ」とすると、永瀬さんは学び続け努力し続ける「亀」と表現できるのかもしれません。我々は、そのうさぎに追いつき追い越せと一歩ずつ努力する永瀬さんの姿に感銘を受けます。

 今年の新人研修の最後に、私は次のような話をしました。 「…最後にもう1つ。皆さんは学生時代、時にはサボったり、怠けたり、勉強しなかったりしたこともあったかもしれません。学生ならそれは許されます。しかし皆さんは専門職、つまりプロとして現場に入るのだから、このようなことでは他人から信頼されません。皆さんは大事な家族が病気になった時、そのような人には任せたくないですよね。社会に出るということは、人から信頼されるように、努力をして勉強をすることです。そうすると仕事を任せてもらえます。 仕事の時間内に先輩から教えてもらうのは「業務」であって、勉強ではありません。私は、自分自身の時間とお金を使って勉強したものしか、本当の力として身につかないと思っています。汗をかいた分しか人は成長しないのです。効率ばかり求めてはいけません。非効率な中でもがくことで、本当の力がついていくのです。」

 最近は、すぐに役立つ、効率的に、などの言葉が人気で、努力や自己研鑽という言葉を聞く頻度が減りました。しかしすぐに役立つものは自分の力にはならず、すぐに役立たなくなります。いつの時代もどの業界の仕事であっても、努力に勝る才能はありません。若い多感な時期から、安定して努力し続ける力を磨いて欲しいと思います。