遺伝子のスイッチ(2)
ごあいさつ
西広島リハビリテーション病院
病院長
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
前回、「遺伝子のスイッチ」についてお話しした続きになります。
当院でリハビリを行い、何とか歩けて言葉が出るようになって家に戻られた後、自由に動けない・喋れないという大変なストレスを感じながらも、他の施設でリハビリをしていた患者さん。1年後、外来受診された時には以前とは別人でした。
「リハビリはね…やっぱり自分でやらんとダメよ。」以前のような、こちらに何かを求める表情ではなく、その顔は自信に満ち、何か吹っ切れて「腹が据わった」状態にあるのがよく分かりました。麻痺した手足の治療にこだわっていた面影はなく、どうやったら良い方の手足も使いながら、うまく生活が出来るかを試行錯誤しておられました。言葉のたどたどしさは残っていましたが、何とか自分で伝えようと、身振り手振りやスマホの画像を見せながら伝えてきました。
「使えるものは…何でも使わんとね。」週に1回のリハビリは「受ける」のではなく、自分のやっていることが適切かどうかチェックするために「利用している」のだそうです。
このような心境になれば、患者さんは自分で勝手に良くなっていきます。今は仕事復帰を目標に頑張っておられ、会う度に生活上の工夫や、片手でのパソコン操作や、メールのやり取りの上達に感心するばかりです。
このような状態を私はかつて「障害を受容した」という言葉で習いましたが、何か違うと感じます。その患者さんは受け身ではなく、明らかに能動的で、自分の置かれた状況を認識し、その中で自分が今できる最善のことを常に考えています。腹が据わり、まさに「ポーンと遺伝子のスイッチが入った」という表現がふさわしい気がしました。
今年5月からNHKスペシャルで放送されている「シリーズ人体Ⅱ遺伝子」で、本当にDNAのスイッチが入る仕組み(エピジェネティクス)があると知って大変驚きました。そのオンとオフを切り替えれば、自分自身の遺伝子の働きをがらりと変えられるそうです。遺伝子のスイッチは概念上のものではなく、本当に存在することが確かめられる時代になりました。
この患者さんは、自分で努力して頑張っている多くの仲間に出会ったことで、「誰がやらなければならないのか」、「何をやらなければならないのか」に気づき、自分自身のスイッチが入ったのでしょう。
障害を負って苦しみの中にいる患者さんに我々が出来ること。それは我々が頑張って汗をかくのではありません。心の中で「頑張れ!」と応援しながら、患者さんが自分自身で「スイッチ」を押せるその日まで、そばで見守り続けることではないでしょうか。