バランスよく食べる
ごあいさつ
病院長
現在の入院リハビリは、85歳以上の患者さんが1/3を占めています。通所や訪問リハビリの患者さんを含めると、半数近くが85歳以上と言っても過言ではありません。病気によって口から食べることが難しくなる人以上に、年齢の影響で飲み込む機能が低下していたり、そもそも病気になる前から食事が十分量摂れていなかったりすることもあります。
そのため外来で患者さんとリハビリの話をする時に、「ご飯をちゃんと食べていますか?」と、よく食事の話題になります。
私がリハビリ医として働き始めた頃、食事については「噛むこと(咀嚼・そしゃく)」や「飲み込むこと(嚥下・えんげ)」が中心でした。医師・看護師・療法士のリハビリチームに歯科医・歯科衛生士も加わり、歯や口の衛生環境を整え、口から食べるリハビリが積極的に進められました。しかし高齢化が進み、入院前の食生活や治療初期の絶食期間、その後の食べる意欲の低下などにより栄養状態が悪い人が増え、エネルギーの摂取と消費のバランスが悪い中でのリハビリを進めることが問題視されるようになりました。
15年くらい前から栄養の考え方が積極的に取り入れられるようになり、栄養サポートチームの設置や、リハビリ病棟へ管理栄養士を配置することが国の制度として進められました。現在では患者さんの体重の変化や摂取カロリー量、筋肉をつけるためのタンパク質のことなどが当たり前のようにリハビリ計画に取り入れられています。介護の分野では「リハビリ・栄養・口腔の三位一体の取り組み」が既に導入されていて、来年からは医療の中でも推進される見込みです。
明治時代、海軍では「脚気(かっけ)」で亡くなる軍人が大変多く、海軍軍医だった高木兼寛は、その原因を探るため調査を行いました。高木は軍艦や身分によって患者数に差があることを発見し、食べ物に原因があるのではないかと考えました。この時代、長期にわたる海の上の生活では、白米を主食とし、おかずが少ない食事でした。そこで炭水化物とタンパク質の割合に原因があるという仮説を立て、白米が主体の食事を提供した軍艦と、高木が学んだイギリスの海軍を参考にした洋食主体の食事を提供した軍艦で比較を行いました。これは世界初の大規模比較試験とも言われます。
結果は洋食を取り入れた方で脚気患者が激減しました。この時は後に解明されるビタミンB1欠乏、という原因まではたどりついていませんが、脚気に対する有効な予防策を高木はついに発見したのです。
脚気に悩まされていた明治時代の海軍は、この結果を取り入れ、「バランスの良い食事」への改善が図られました。その後栄養バランスを考えた大量調理向きのカレーも採用され、今では「海軍カレー」として世に知られています。
最近は、テレビ番組や週刊誌で「◯◯を食べれば良い、◯◯を飲めば良い」という特集や記事をよく目にします。しかしそんな単純なものではありません。炭水化物・たんぱく質・脂質に加え、ビタミン・ミネラル、食物繊維などの栄養素のバランスが必要です。
ご飯やパン・麺などの主食、肉・魚・大豆などの主菜、野菜などの副菜、牛乳・乳製品、果物などを、美味しく、楽しく、バランス良く。高木が残した「病気を診ずして病人を診よ」という言葉は、カロリーやタンパク質などの数値だけでなく、その人の食生活や栄養バランス、活動量などの「生活」をしっかり診てあげなさい、ということを言っているようにも聞こえます。