動的平衡

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 朝からセミの鳴き声が聞こえると夏本番を実感しますが、最近の昼間は暑過ぎて、鳴き声すら止まっています。私が小さい頃の夏はこれほど高温ではありませんでしたが、それでもランドセルや通学カバンを持って大汗をかきながら通学していた記憶があります。

 学区の一番端に住んでいた私は、団地の一番上にある小学校まで片道約2km・30分、さらにその先の中学校まで約3km・45分かけて歩いていました。毎日の通学は大変でしたが、お陰で足腰が鍛えられ、その後サッカー部でボールを遠くに蹴る時や、アメリカンフットボール部で人にぶつかって押していく場面などで、とても役に立ちました。お尻から太腿にかけての筋肉が特に太くなってしまい、スリムなズボンとは無縁の学生時代を送りましたが、それでも足腰が丈夫なのが自慢でした。

 しかし数年前から階段の昇り降りで膝に違和感を感じるようになりました。学生時代より体重が増えたせいにしていましたが、痛みではないその変な感じが続きます。運動不足による筋力の衰えが原因でした。もう昔の足腰ではなかったのです。

 

 人間の筋肉のタンパク質は、細胞レベルで常に合成と分解を続けています。栄養を摂って運動することで合成され、病気による身体への侵襲や炎症、飢餓状態、などによって分解が進みます。このバランスが悪くなると筋量が減っていきます。

 人間の体は、見た目には同じように見えていますが、プラモデルのように「静的」なパーツが組み合わさっているのではありません。身体の構成要素は全て、常に古いものが新しいものに入れ替わり、それらが互いに関係性を結んで「流れ」の中で全体として秩序を保っています。すなわち、分子レベルで考えると、数ヶ月前の自分とはまったく別物になっているということです。 

 

 生物学者の福岡伸一先生は、このように生物が流れの中でバランスを取りながら一定の状態を保っていることを「動的平衡」と呼んでいます。

人は若いときにピークを迎えて老いていくというのは人間が勝手に作っている物語です。生まれてから死ぬまでが動的平衡の状態で、いくらアンチエイジングを唱えても時間を戻すことはできません。

時間が経つと、秩序あるシステムはやがて乱雑さが増大する方向に必ず進み、すべては摩耗し、酸化し、ミスが蓄積し、やがて障害が起こります。生命はそのことをあらかじめ織り込み、1つの準備をしました。先回りして自らを壊し、そして再構築するという自転車操業的なあり方、つまりそれが「動的平衡」です。

細胞はどんな環境でも、いかなる状況でも、自ら進んで積極的に細胞内の構造物をどんどん壊しています。なぜか。それは生命の動的平衡を維持するためです。生命にとって重要なのは、作ることよりも、壊すことなのです。
福岡伸一著「新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」小学館新書(2017)

 私自身、昔の自分に戻ろうと無理なジョギングや筋トレで足腰を鍛えようとせず、年齢や体重を考えて、今の自分に無理なく続けられそうなウォーキングをすることにしました。気がつけば膝の違和感はいつの間にか消え、ついでに肩や腰の張りも無くなりました。筋肉のタンパク質の分解・合成のバランスが良くなったのかもしれません。

 

 私達の仕事も外から見ると同じように見えますが、身体と同じように、常に一部の人やシステムが新しく入れ替わっています。同じやり方をずっと続けていると、どこかで行き詰まってしまうでしょう。特にコロナ前後で、私達を取り巻く環境は大きく変わってしまいました。コロナ前と同じ状態に戻そうとしても、難しいと感じます。

 今できることは、素直に現状を認め、従来のやり方を壊し、その時代・状況に合った方法に変えていくことです。とてもエネルギーを使うことですが、組織の動的平衡を保つために、暑い夏に負けず、皆で“熱い心”を持って突き進んでいきたいと思います。