生活の工夫
ごあいさつ
病院長
2020年のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「エール」の中で、次のようなシーンがありました。看護師をしている主人公の娘が、米国帰りの外科医から初めてリハビリテーションの話を聞く場面です。
「日本の医療は世界から100年遅れてるよ。骨折した人をそのまま放り出すなんて、もうありえない」。話を聞いた彼女は、「病気を治すだけでなく、元の生活や仕事に戻れるようにするのがリハビリテーション。これこそ私たち看護師の仕事ではないか?」と思うようになり、院長の許可を得て入院病棟で実践します。
このシーンの時代設定は、昭和20年代後半です。米国でリハビリテーション医学会が創立されたのがちょうどこの頃ですので、実在の作曲家がモデルになった朝ドラとはいえ、さすがにこのシーンはフィクションでしょう。
しかしこのシーンで重要だと思うのは、看護師自身が「これは自分たちの仕事ではないか?」と感じ、実践したことです。入院によるリハビリテーションで重要な点は、医師の治療はもちろんですが、何よりも看護・介護による自立支援のためのケア体制の確立です。その基盤の上に、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、社会福祉士(SW)、管理栄養士、薬剤師などのチームアプローチが充実することで、リハビリテーションの効果が最大になります。歴史的には元々看護師が担っていた業務から、各専門職が独立していきました。つまり、リハビリテーションは看護・介護のケアが基盤となった「生活」のための医学・医療と言えます。
入院中はどの職種が担うか?によって、「リハビリテーション」と呼んだり「ケア」と呼んだりしますが、その後の長い地域生活の中で、介助者の協力も得ながら、ベッドから離れ、自分の足で歩き・口から食べ、外に出て人と交わり、最期まで「寝たきり・閉じこもり」を防ぐ姿からは、この2つの境界を感じることはありません。むしろ、地域生活・社会参加を支援するために重要な「車の両輪」です。
生活から多くのことを学ぶと、例えば病棟での「寝たきりを防ぐ」アプローチが、退院後の生活でどのように役立つかが見えてきます。一方で、地域生活における様々な工夫が、入院中の患者さんの参考になることもあります。
当法人の訪問リハビリテーションのスタッフが中心となり、「あっとほ〜む @家 動画」を作成しました(当法人HP「西リハ情報箱」)。これは、利用者さんやご家族に協力いただき、自宅で出来る生活の工夫の実例を撮影したものです。爪切り、薬の袋の開封、一人暮らしのゴミ出し、歩行器に乗せるトレイなど、どの家にもある身近な道具や100円ショップの材料などを使い、実際に生活の中で工夫している方法がよくわかります。訓練室前のデジタルサイネージ(情報発信のために設置したディスプレイ)で流していますので、入院患者さんや面会に来られたご家族が立ち止まってご覧になっています。
でも一番食い入るように見ていたのは、入院担当のスタッフでした。彼らが退院患者さんにお渡しする提案書を見ると、住宅改修、外出方法、健康管理、自主トレが中心です。オーダーメードでよく考えられていますが、「生活の工夫」という視点が足りないようにも感じます。今回の動画は、福祉用具のカタログを眺めながら退院後の生活方法を考えていたスタッフにとって、目から鱗の部分があったことでしょう。
地域で暮らしておられる患者さんやご家族の生活は、我々にとって「学びの宝庫」です。休みの日には100円ショップを巡り、自らの生活で試行錯誤してみる。実体験から生活の工夫が提案できる、そんなスタッフが増えることを期待しています。