“反復”は力なり

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
ラグビーのワールドカップで、日本代表が南アフリカを破るという快挙を成し遂げました。ラグビーは体格差が最も出るスポーツと言われています。日本代表はそのハンデを克服するために、世界一過酷と言われたトレーニングを長期間積んだそうです。南アフリカ戦の終盤、日本が連続攻撃をしかけられたのは、その練習の賜物だったと言えるでしょう。
 私が大学時代にやっていたアメリカンフットボールでも、先輩から「身体が覚えるまで繰り返せ!」と言われていました。試合中は疲れるし、頭がボーッとします。疲れてくるとスタートのタイミングがズレてしまいますし、相手に当たるとき腰高になります。無意識でも身体が動くように練習しておかなければ、相手中に相手に当たり勝つことができなくなります。反復練習はキツいですが、一旦身体が覚えてしまうと、あまり考えなくてもできるようになりました。部活から離れて10年以上経ちますが、いまだに笛の音が聞こえると身体が反応することがあります。「身体で覚えろ!」と言われたのはこういうことだったのです。
学生の時にはよく分かりませんでしたが、このように身体で覚える記憶を「手続記憶」と言います。自転車に乗る、ボールを投げる、ピアノで曲を弾く、など。やり方を口で説明するのは難しいのですが、やってみせるのは簡単です。これらは一度できるようになれば、あまり考えなくても次からはできるようになります。記憶障害になると、言葉の意味や物の名前などの頭で覚える記憶(「意味記憶」と言います)は忘れてしまいますが、手続記憶が障害されることは少ないのです。これは記憶が貯められている脳の場所が違うからだと言われています。リハビリの分野を勉強して行くと、怪我や麻痺した身体の訓練も、それを助けるための杖や装具などの道具を使いこなす訓練も、この「手続記憶」を最大限に活かしながら訓練していることが分かりました。
以前、非常に重い記憶障害の患者さんを担当していました。ついさっきのことも忘れてしまう程でしたが、退院後外来に一人で通院出来るようになりました。
その方は診察室に入ると、自然に手帳を取り出して開きます。私がある程度話をすると、「先生、ちょっとお待ちください」と私を制します。自分がメモした内容を見直し、「先生が今おっしゃったのはこういうことですか?」と言って必ず確認をします。診察中それを何度か繰り返し、最後に次回の予約日をメモして帰っていきます。
その方の手帳を見せてもらいましたが、とても分かりやすく整理されており、いつ見てもすぐ思い出せる工夫がされていました。数年後ある大手の会社に戻ることができました。
 本人に聞くと、最初は手帳を持ち歩くことすら忘れていましたが、整理の仕方を工夫しながら、何度も何度も練習したそうです。「これは理屈ではなく、数年かけて身体に覚えさせた習慣です。最初は苦痛でしたが、徐々に習慣になりました。当たり前になれば苦しくなくなりました。」とおっしゃっていました。とても自然に会話が出来るので、記憶が良くなったのではないかと思い検査しましたが、記憶自体はあまり変化がありませんでした。
 記憶自体を良くすることには限界がありますが、それを補う方法を、「意識して」繰り返して練習し、「意識しなくてもできる」まで身体に覚えさせたのだと分かりました。社会復帰するためにどれだけ工夫して必死に頑張ったことでしょう。
私たち医療者にも、「反復は力なり」ということが必要です。医療の現場には、患者さんの安全を守るためのたくさんの決まり事があります。決まりを作るのは簡単です。しかしそれを忙しかろうが疲れていようが確実に行うことはとても大変です。何度も繰り返してそれを「当たり前」にすること。そしてその「当たり前のレベルを上げること。」これを目指して我々も頑張っています。
意識しなくてもできることがその人のレベルであり、それが「身につく」ということでしょう。「できていない」のは反復練習が足りないのです。それは患者さんが教えてくれたことです。負けないよう、我々も取り組んでいきたいと思っています。